姉の一周忌の法要の日・・・

甥っ子の腕の隙間で顔を埋める我が家の主

姉の一周忌の法要の日。

8時半からと当日まで思い込んでいたが、結局は9時半からだった。母からのメッセージは確か8時半からだと書いていたような。”まじか!?”なんてすぐに思った記憶があるが、そのメッセージはすでに削除済み。それでも朝8時には礼服に着替えて出かけた。かなり冷え込んだ朝だ。

早いもので一年が経った。実際は1月26日が命日にあたる。法要をやるやらないが年末近くまで連絡がなく、姪を突いて母に連絡をさせた。自分は参加する、しないは正直どちらでもよかった。その時はシフト希望の締め切り過ぎていたし。結局偶然に休みになったので参加になったが、両親だけで法事に参加させるのはさすが心もとなかった。出勤日になってても無理言って休みをお願いしていただろう。

納骨が済んで、ほとんど身内と顔を突合わせることが無くなった。その必要も正直ないとも思う。そんな時間が流れて年を越す。長居での両親との生活もそれなりに送れるようにもなった。そんな中でここ続けて甥っ子が年末年始と両親を訪ねにわざわざ来てくれた。その理由がどうであれ両親が嬉しいのは明らかだ。バイトを終えて昼過ぎに来るという甥に、”どこで昼ご飯食べたらいいだろう?”とか特に母はワサワサしだす。”とりあえずデニーズでも行っとけば!”と促すが、それでも”どうしよう?”とかワサワサする。

どんな事情があれ本人からこうして訪ねてくるという気持ちがとても大切だ。祖父祖母への甥っ子の思いやりで、優しさなんだろうなと思う。辛い経験をしたにも関わらず、事をしっかり見ているのかな?だから私たちを訪ねることができるのだろうか・・・。この子がまず形を示す子だろうとわかっていた。各々の考え、思いがあるが、姉の死の一件で一番悲しんだのは両親だ。それを理解して、行動、言葉を掛けられない人たちは”住む世界が違う”という極論を自分は持つことに決めた。

自分がこうして気を張っている一方で当人たち、特に母はどうも後ろ髪をずっと引かれている。母のこれまでの関係性への執着も相当だと思うが、その点だけは自分は厳しく指摘をする。白か黒か。YesかNoかだ。父は幾分その点をわかっている気はする。そして長居という場所を両親にとっての再出発の町に選び、自分は引き続きこの町で両親との新しい家族の形を示すことがベストと考えた。良くないのは、それがいつまでのどちらかがどっちつかずであることだと思う。私たちは自身が選んだ世界に生きる努力をしなければならないと思う。選択をすれば前に進むことができる。そしていずれ答えに行き着く。

お寺に到着し、自分はお堂に入りとさっそくアンテナ全開で参加者の様子、行動、聞こえてくる言葉に耳を傾けた。”なんじゃこりゃ!”って思ったとか思わなかったとか。現状はこんなものだろうと改めて実感する。姉が守ろうとしたものに対して自分は何ができるか?それが大事だ。でもそれは今両親との生活を保ちつつ、自分の現実をしっかりと作ることが先決。本末顛倒な結果にならないように、人が先ではなく、まず自分だ。

今、写経堂に向かう道中にマックでブログを更新をしている。うっかり両親が書き上げた写経を持ってくるのを忘れてしまった。”はぁ取りに戻らなくては・・・”。こんなときに限って、いつものマックではなく、写経堂にかなり近い店舗いる自分。マジでトホホだよ!

気を取り直して、一旦自宅に戻ろう!


正美



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